縄文・弥生から律令国家へ―古代日本の国づくりを時系列でつかもう

日本の古代史は、人物名や年号だけを別々に覚えると流れが見えにくくなります。そこで、くらしを伝える土器や住居、米作りを支えた水田と倉庫、中国の歴史書に残る使い、各地の大きな古墳、政治の制度や法律を、前後の出来事と結び付けて考えます。縄文・弥生時代のむらがどのように「くに」へまとまり、大和政権を経て、天皇を中心とする律令国家のしくみが整えられたのかを、時系列に沿って確かめましょう。ゲームを遊ぶ前でも、古代日本の大きな流れを復習できる内容です。

対象: 小学6年生 / 学び: 社会・日本の歴史・古代国家の形成

縄文のくらしから弥生のむらへ

縄文時代の人々は、狩り、漁、木の実などの採集を行い、縄文土器で食べ物を煮たり保存したりしました。竪穴住居や貝塚のあとから、同じ場所に住み、むらで生活した様子が分かります。弥生時代になると、大陸から伝わった稲作が広がりました。水田へ水を引き、田植えや収穫をするには、多くの人の協力が必要です。収穫した米を湿気やねずみから守るため、高床倉庫などにたくわえました。米や土地を多く持つ人とそうでない人の差が生まれ、指導者も現れます。周囲に堀をめぐらせた環濠集落や武器のあとからは、むら同士の争いも読み取れます。こうして複数のむらがまとまり、「くに」が生まれていきました。

中国との交流と大和政権の広がり

当時の日本列島には多くの国があり、その様子は中国の歴史書にも記録されました。57年には倭の奴国の王が後漢へ使いを送り、皇帝から印を授けられたとされます。3世紀には邪馬台国の女王卑弥呼が多くの国々をまとめ、魏へ使いを送りました。中国と交流することは、国内での立場を強めることにもつながったと考えられます。その後、近畿地方を中心に有力な豪族が連合し、大和政権をつくりました。大きな前方後円墳は有力者の力を示し、似た形の古墳が各地に広がったことは、大和政権と各地の豪族の結びつきを考える手がかりです。ただし、邪馬台国の場所など、資料だけでは決めきれず研究が続いていることもあります。

飛鳥時代に進んだ天皇中心の国づくり

6世紀ごろ、朝鮮半島の百済から仏像や経典が贈られ、日本へ仏教が伝わりました。大陸からは文字、技術、政治の考え方も取り入れられます。7世紀初め、聖徳太子は推古天皇を助け、冠位十二階で役人の位を示し、十七条の憲法で役人の心がまえを示しました。遣隋使を送り、中国の進んだ制度や文化も学ぼうとしました。645年には中大兄皇子と中臣鎌足らが蘇我氏を倒し、大化の改新が始まります。土地や人々を国が直接治めることを目指し、地方のしくみや税の集め方を整えていきました。改革は一度に完成したのではなく、その後も戦いや制度づくりを重ねながら進みました。

律令と都で全国を治めるしくみへ

律令とは、国を治めるための法律や決まりの体系です。701年に大宝律令がつくられ、中央と地方の役所、役人の仕事、税などのしくみが整えられました。710年には奈良に平城京が置かれます。都には役所が集まり、道路で各地と結ばれ、戸籍や税のしくみを使って全国を治めました。ここまでの流れを、縄文の定住、弥生の稲作と「くに」、邪馬台国、大和政権、飛鳥時代の改革、律令国家という順に並べると、くらしの変化から政治のしくみの成立までがつながります。ゲームでは二つのカードを一場面として結びますが、実際の歴史には多くの地域差や長い変化があります。カードを入口に、教科書の地図や年表、資料写真も合わせて確かめましょう。

身近な例で考えてみよう

  • 博物館で土器や住居跡の説明を見るとき、品物の名前だけでなく『何に使ったか』『どんな生活が分かるか』を一組にしてメモする。
  • 学校の年表に、57年の奴国、3世紀の卑弥呼、古墳時代の大和政権を色の違う付せんで置き、中国との交流と国内のまとまりを比べる。
  • 米びつや倉庫が食べ物を湿気や動物から守る工夫を、弥生時代の高床倉庫と比べ、目的の同じところと形の違うところを探す。
  • 旅行先の古墳や寺院を地図で見つけたら、つくられたおよその時代を調べ、縄文から奈良までの年表のどこに入るか確かめる。

よくある間違いと覚え方

  • 縄文時代には人々がいつも移動し続けたと思う間違い。竪穴住居や貝塚から、採集や漁をしながら同じ場所に定住した人々がいたと分かります。
  • 卑弥呼と聖徳太子を近い時代の人物だと思う間違い。卑弥呼は3世紀、聖徳太子の政治は7世紀初めで、間には古墳時代と大和政権の広がりがあります。
  • 大化の改新だけで律令国家が完成したと思う間違い。645年から改革が始まり、その後の制度づくりを経て701年の大宝律令などへつながりました。
  • 大宝律令と平城京を同じ年だと思う間違い。大宝律令は701年、平城京への遷都は710年で、法律の整備が先です。

保護者の方へ

年号を一つずつ覚えさせるより、『米を作る水田と、米を守る倉庫』『政治の改革が始まり、法律が整い、都が置かれた』のように、出来事の関係をお子さまの言葉で説明してもらうと流れを確認できます。資料には複数の解釈があるため、邪馬台国の位置など研究中の点は断定せず、学校の教科書や博物館の最新解説と比べてください。ゲームで間違えたときは答えだけを伝えず、時代タグ、人物、資料の役割のどれが手がかりになったかを一緒に振り返ると、次の組み合わせへ知識を生かしやすくなります。

ミニ問題

問題1: 弥生時代の稲作と関係が深い二つの施設は何ですか?

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水田と高床倉庫

水田では水を引いて稲を育て、高床倉庫では収穫した米を湿気やねずみから守ってたくわえました。生産と保存を一組で考えます。

問題2: 卑弥呼の時代と聖徳太子の時代は、どちらが先ですか?

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卑弥呼の時代が先

卑弥呼は3世紀の邪馬台国の女王です。聖徳太子が政治を行ったのは7世紀初めなので、およそ数百年の間があります。

問題3: 645年、701年、710年の出来事を古い順に答えましょう。

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大化の改新、大宝律令、平城京

645年に大化の改新が始まり、701年に大宝律令、710年に平城京への遷都と続きます。改革、法律、都の順につなげます。

問題4: 前方後円墳の広がりから、どのような政治の動きが考えられますか?

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大和政権と各地の豪族の結びつきが広がった

似た形の大きな古墳が各地にあることは、近畿地方を中心とする大和政権と有力な豪族の関係を考える資料になります。

ゲームで確かめてみよう

ここまでの内容を、実際に「こだいリンク!国づくり絵巻」を操作しながら確かめてみましょう。

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